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【宮古馬のおはなしと馬頭琴演奏】


日時 2/27(日) 13:00-15:30 場所 cafe nuis カフェニュイス 宮古島市城辺字福里652-2 会費 1500円(ドリンク付)*ヴィーガンスイーツ販売あり


*-島の宝 宮古馬-*


この島には、ミャークヌーマ(宮古馬)と呼ばれる小さなお馬さんがいます。 何百年もの間、畑を耕し、荷を背に載せ、車を引き、もくもくとよく働いて、島の厳しい日々を支え続けてくれました。 従順で素食、それでもよく働いてくれるミャークヌーマが居なかったら、人々は生き抜いてこれなかったでしょう。 そんな宮古馬たちを人はあっという間に忘れてしまいました。かれらは、今、どうしているのでしょうか。


人と動物たちとの共生、それはまことに壮大な難題です。 解決の糸口を見つけていくことを、これまで人はさぼり続け、常に後回し、思考停止状態で放棄してきたと言えるのではないでしょうか。 その結果の今の世界であり、宮古馬の現状でもあります。


この日は、宮古馬たちを記録した詩のような映像を観ていただきながら、宮古馬のルーツでもある中央アジアの馬頭琴やホーミーの演奏を交えて、お堅い話ではない、宮古馬の今、その魅力をお伝えできればと考えています。 あわせて、では共生とは、という永遠の問いも抱えながら進めていきます。


馬たちは苦難の中で命を継いできました。 生き残った宮古馬は、この島固有の馬、島の自慢の宝です。 馬と人がこれからこの島でしていくことはたくさんあります。 沢山のアイデアがあります。それらはとても心躍ること、みなさんからのアイデアもお聞きしたいです。

ミャークヌーマとの未来を、こうした機会を折々に設けながらみんなで分かち合う、そんな小さな会をしていきたい、 「ミャークヌーマ未来のお話会」その第一回目。 ご参加をお待ちしています。


○おはなしと映像  矢谷左知子(草作家 ミャークヌーマ宮古馬の会 一般社団法人EARTHBOOK) ○馬頭琴とホーミー 佐々琢哉(四万十にて、畑営み、古民家繕い、絵を描き、音楽奏で、料理の日々)


主催; ミャークヌーマ宮古馬の会

閲覧数:40回

更新日:1月26日



【馬会】series1

-馬意識の彼方へ- 1/21開催


一部 お話と映像 

二部 馬と歩く

三部 焚き火でシェアトーク


この馬会は、主催者二人による、

人と他の生き物との共生とは、共存とは、との永遠なる問いを、参加者の方々と一緒に問いかけつつ、問われつつ、馬のヒビキの元で共有していきたいとの想いより始まりました。


そのような壮大なテーマのもと、抽象的なお話、言葉にならない部分を表現していく映像と、馬のヒビキと共に具体的に動いていく実践を凸凹コンビで一年を馬に導かれながら、さまざまなテーマで開催していこうというものです。

自らの問いをいったん放り投げて、ご参加される方や馬にお力を借りる、という虫のいいものであるのは自覚しつつ、こうした根源的な問いかけを、さまざまな人と馬が関わっていく場にいったん放してみたい、と思いました。



今回は第一回目、序章として、

大きなテーマ、馬が今、齎(もたらせ)てくれているものを読み解きたいとの想いから「馬意識」というものを浮かび上がらせてみたい、と始まりました。

主催者ふたり、なぜ今「馬」なのか、

生き物たちとの共生ってどうしたら、との想いを強く持っています。

でもそれは実に壮大すぎるテーマであり、一代で答えの出ることではありません。

また意識も次々と上書きされていくため、なかなか言葉で言い表し難く、

まったく能力を超えた試みでもあります。

回を重ねるごとに少しはマシになっていくでしょうか。


第一部として、お話と映像を地域の素敵な農園レストランsyoku-yaboの小屋の中で、 その後すぐそばの馬の居る実験農場+馬場LIFEEVOに移動、

馬のヒビキと出逢います。


第二部のヒビキとの時間は、 一人一人がヒビキと綱で繋がり、一対一での時を持つ。

特に細かい説明もない状態で、綱を渡され、ヒビキの体温、鼻息、蹄の音を体感、一頭のおおきな生き物と、息を合わせ、歩調を合わせて歩く、

ただそれだけの中に、表現し難い、何ものかおおきなものに満ちた溢れる感覚があったと思います。

ただ、それを味わっていただきたい時間でした。


休憩お茶タイムのあとは、 第三部、参加者さんに無理難題をふっかける?シェアトークタイムです。


真菰茶、豆乳チャイ、ヴィーガン馬クッキーで一服。

しだいに冷え込んでくる中、焚き火を囲み、ヒビキの目の前で輪になってシェアトーク。


自己紹介のあと、

最初に

「共生を一言で表すと」

という、難題をいきなり。



みなさんその無茶振りに絶句です。

言葉に出来ない、したくない場合はパスでオッケイというルールにしましたが、見事全員、パスなく、素晴らしい言葉で表してくださいました。


空(くう)

自立しろ、人間!

中、という字 真ん中

よろこび

踏み込まない

元に戻す

おもいあうこと

畏れる

責任 みとり

共振


それぞれの方の深いことばでした。


共生、

単語にするとわかったような言葉として、なにげなく使いますが、

いったい生きものとの共生は、可能なのでしょうか。


なにをもって共生と言うのだろう、


人間が他の生きものの生きる場を取り上げている状態で、共生とは、、

そもそもそんなものは幻想ではないのか、


その視点のなかでも、そこに留まり、探っていきたく想います。


そのあと、

ヒビキと一緒に歩いてみて何を感じたか、

を一言ずついただきました。


初めてのデートの時のようにうれしさ満タンの気持ちで笑いがこぼれたという方も☺️

みなさんの中に、言葉では表せれないものが満ちたのがわかります。

自分がそうですから。


直に他の命の鼓動を感じるところから共生の意識のスイッチも入るのではないでしょうか。


馬会はまだまっさらな会です。

参加くださる皆さんと共に一年を通じて、ヒビキに導かれながらその先にある共生の灯火を見つけていきたいと思っています。


*馬会は矢谷が個人で開催 EARTH BOOK:協力




閲覧数:101回


【馬会】馬話と馬仕事 1/21    ー参加受付中ー

「他の種族との共生」、ということを人族はあまりにも棚上げにしすぎてきました。

ほんとうは、そこにたいへんな精神進化の鍵があると、確信しています。

生きているうちに答えは出ないかもしれません。

でも、もう棚上げにしないで、これから何世代にも渡って真にそこに意識を向けていくことでしか、人類は今の次元を突破することはないのではないか、それくらいに想ってしまいます。


と、おおげさな出だしですが、今年からこんな会をすることになりました。

10年間続けてきた「草講座」では、この数年、実際の馬の居ない馬講座を何回かしたことがありますが、いよいよこれからはヒビキくん登場。

優しく力強い、馬のヒビキに道先案内をお願いしながら、一緒に進んでいきます。

この一年、すぐ近くに来てくれた馬のヒビキのお世話をする中で、このような会を2022は一年をかけてやっていく流れになりました。

今目の前に現れた「馬」という命を持った現象とやり取りをする中で、やはり他種族との共生ということは大きな課題であり、参加した方も一緒に全員でそこを探っていくことをしてみたい、と。

それは深い問いかけ過ぎて、とても我々の能力であがなえるものではありませんが、とにかくやってみたいと思います。

一年を通じてのプログラムを現在組立中ですが、その一回目として、去年末にトライアルで実施した「馬意識の彼方へ」と題した会をします。

3月には馬会的馬とのコミュニケーションのこと、

5月には実際に馬と共に労働をする馬耕など、

馬との実践・トーク・アート、さまざまな試みを楽しむことにします。

未到の領域へ、馬とともに歩みだしましょう

ご参加お待ちしています。



【馬会】馬話と馬仕事  series.1 ー馬意識の彼方へー

【うまかい】うまばなしとうましごと

■日時: 1月21日 13:00〜16:00 ■場所 : SYOKUYABO農園 そのあとLIFE EVOに移動(JR逗子駅界隈) ■参加費 : 3500円

■内容:

一部【馬話】 映像(毎回テーマに沿った、矢谷自作の新作ショートムービー上映) ライブトーク(毎回テーマに沿った主催者二人のアドリブ談義)

二部【馬仕事】 場所を馬場に移して ヒビキ(雄馬21歳)とひとりひとりが向き合う時間

三部【シェアトーク】 全員で語り合う時間

■主催 : 浜田高彦 (SYOKUYABO農園農担当・LIFEEVO主宰)  矢谷左知子(草舟 on Eath・一般社団法人EARTH BOOK代表)

共催: 一般社団法人EARTH BOOK

■協力: SYOKUYABO農園 ヒビキ(馬)


<お申し込み>

コンタクトボードよりお申し込みください。

詳細をご案内いたします。

・ ・ *****

馬 人は今馬を求める それは世界に同時多発で静かに熱く湧き起こっている現象のように思えます。

なぜ今、馬なのか 人は馬に何を見ているのか 人と馬は今また共にどこに着地しようとしているのか

この会では、主催者両名が探求の途にある「他の種族との共生」、という永遠の問いをおおもとのテーマにして、お互いそれぞれが深く関わっている「馬」を主軸として、一年のプログラムを通じて、参加してくださる方々と、談義と実践を繰り返しながら、ひとりひとりに立ち返ってくるものを見つけていきたいと思っています。 ワークショップ、講座、という概念はここにはあてはまりません。 馬の居る場で、馬を入り口に、馬に導かれながら、その時その場に立ち上がる次元と、その先に拡がるヴィジョンを共有していく。 その意味で、「会」という言葉がとりあえずあてはまるかもしれない、と、【馬会】という呼び名をつけてみました。

この会では、主催者自身が自らに問いかけているものを、皆さんと共に体験していくことで、一年を通して浮かび上がらせていきたいと想っています。 ファシリテーション能力の無い主催者二人が、あえて、稚拙ながらもアドリブトークをガチでしていくことで、参加の方たちもそこに加わる場を生み出してみたい、という無謀な試みですが、主催者がひそかにいちばん楽しみにしているものです…

世界が組み変わっていくこの時、 馬たちが立ち上がり、 また人と共に動こうとしているのではないか、と思えてなりません。

人と馬の次の仕事とはなんなのだろう。

わずか数十年前までは、世界のどこでも馬が人々のために働いてくれていました。 車を引き、荷を運搬し、石臼を回し、人を乗せて遠くまで走り、そして戦争にまで駆り出される、稀有な種族として。 馬車馬のように働く、という慣用句があるように、ムチで打たれ、過酷な労働を強いられてきました。 車、機械、戦車の代わりを人に寄り添い、何千年もしてきてくれた生き物は、唯一、馬だけでしょう。

それがこの数十年のモータリゼーションで、用がなくなった馬たちは世界中で見捨てられ、繁殖もされなくなり、世界各地の多様な在来馬は一気に永遠に姿を消したのです。 人々はすっかり馬のことを忘れ去りました。 馬が居なければ人は生きてこれなかったことも、覚えてもいません。

今、馬が必要とされているシーンは競馬か乗馬だけという、いびつな形です。

この会はそれらとは違う向き合い方をしています。 そして、今だからこそ馬たちに見出すことのできるものがある、と考えています。 馬の助けを受けて、畑を耕したり、運搬したり、昔のように馬のしてきた仕事を、再興する、、 それはもちろん、またやっていきたい、そこに身を置きたい風景ですが、それらはもう以前の繰り返しではありません。

馬はもう、何かの代わりではないのです。 それがわかったこの時代、それでも人と馬が共に畑を耕すのは、もう以前とは違うステージに立っているということです。 もうなんの代役でもない、馬本来の力を人は知らされていくでしょう。

それは馬だけではない、 すべての生き物のおおもとの命と、人がまた繋がりなおしていくこの先の展開のために

馬が先頭に立って、牽引する役割として

この時代にようやくまた現れてくれた馬たち 今からわたしたちが馬たちと共にしていくこと、 なんと心が躍ることでしょうか。

ーーー

馬会ではこの一年間のプログラムを作成中です。

次回は 三月 「馬会的 馬とのコミュニケーション」

五月 「馬と働くこと 馬耕 シートーヤなど」 

などなど 決まり次第アップします。 おたのしみに!

閲覧数:30回